栄養士のつぶやき No.66

「牛さん、ありがとう。いただきます。」

留萌支部 天塩町立国民健康保険病院 管理栄養士 高原 功江

 「こっこはフリーマーチンだったさ・・・」(産まれた子牛は♂♀の双子だったさ)そうつぶやき、がっかりする義母。それに共感できる栄養士さんは何人いるでしょうか?私は10年前に愛知県から酪農家の嫁として北海道へきました。現在は町の病院に勤務していますが、酪農家です。

 牛が私たちの食卓にもたらしてくれる恩恵を考えてみます。牛乳・バター・チーズ・生クリーム・ヨーグルトといった乳製品、ステーキ肉、レバー、牛脂、(どれも大好きです!)そして糞尿は野菜の良質な肥料となってくれます。みなさんも牛さんの恩恵をなにかしら受けられていると思います。

 次に乳牛(ホルスタイン)の一生をさらっと紹介します。メス牛は10か月の妊娠期間を経て出産することで初めてお乳がでます。(来た当初、乳牛というのは大きくなれば性別関係なくいつでも乳を出す動物だと思っていました。無知すぎました…。)あんな大きな牛に育てあげるわけですから豊富なタンパク質、脂肪、カルシウムが必要になりますよね。母は子の発育の為に良質な乳を生産するのです。子牛は生まれて間もなく貪欲に母の乳を求め、ふらついた足取りで立ち上がろうとします。ついがんばれ~と応援したくなる瞬間です。しかし母の顔を見る間もなく引き離されて、粉ミルクで育ちます。母は産後2ヶ月後には再び妊娠させ、10ヶ月ほど乳を搾ると次の出産にそなえて2ヶ月間乳生産を休み、出産→乳生産→妊娠…と繰り返すのです。そして数年後には乳の出が悪くなりお役目を終えたとして、食肉となることで寿命をまっとうします。本来なら20年ほど寿命があるといわれていますが、乳生産で酷使されるため7年生きればいいほうでしょうか。

 酪農家の収入源は牛乳だけではなく、乳牛の売買も大きな割合をしめています。酪農家は次々と後継牛を生ませ、無事に生まれてきた子牛の性別で一喜一憂します。メスが生まれると乳生産可能な後継牛だと喜ばれ大事に育てられます。オスは乳生産ができないので肉になるしかなく数週間後には肉牛市場にドナドナされていきます。血統が良い肉牛から生まれたオスは高額で取引されますが、乳牛から産まれたオスは育てても肉づきが悪く安価で売買されてしまうため歓迎されません。元気なメス牛が生まれることを待ち望んでいるのはそのような理由があるのです。一番悲しく残念なのはもちろん死産です、分娩事故も含め結構あることなんですよ。その次に残念なのが冒頭に出てきた「フリーマーチン」です。え!?オス&メスの双子だから、メスは後継牛になるし、オスは肉牛で売ればダブルでラッキーじゃん!最初はそう思いました。しかし♂♀の双子で産まれたメス牛はオスの染色体の影響を受けて、生まれつき生殖能力が無いのです。つまり妊娠・出産ができないため乳生産ができません。おまけに双子は体が小さく、肉牛として売っても二束三文にもならない、どこにも需要が無い子なんです。同じ命なのにこんなにも差がついていることにショックをうけました。それに双子の出産は母牛に負担がとっても大きい為、母体の肥立ちが悪く病魔に襲われ乳が絞れないこともよくあります。そしてふと考えたのです。「フリーマーチンがいっぱい産まれたら、牛乳は高価な飲み物となって、ケーキなんか食べられないだろうな。おっと、栄養士として“牛乳は一日一杯のみましょうね“なんて安易に言えなくなってしまうな。」そう思ったのです。しかし科学が進歩しフリーマーチンの判別は容易となり非常に稀な事例とはなってきています。それでも酪農の現状は非常に厳しく、55年前のピーク時には42万戸あった酪農家も今では2万戸と減少しその多くが重労働と後継者不足で離農が後を絶ちません。そして、
500mlのジュース160円 > 命を削った牛乳500ml 100円…
この命を軽視した現実が酪農家を苦しめています。このままだと、私の妄想が現実になる日も遠くはないのかも知れません。

 牛は本来わが子のために飲ませるお乳を作っているだけなのです。それを人間はいただいています。日々命を感じる今、食を通じて人を健康にするだけではなく、生産者の思いや家畜の命を人々につなげる管理栄養士でありたいと思います。食のプロとして牛乳が誕生する神秘を体験してみませんか?酪農体験いつでも受け付けています!



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