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私の『林住期』

H.D.S ウェーヴ  原 寿子

 三月末、窓の外は冷たい霙みぞれが降っている。 平成十九年度の仕事納めの昼食会が始まった。 「かんぱーい」の声で紅白のワイングラスがカチカチと鳴り、グループのメンバー十人が笑顔で拍手をしている。
 長い間温めてきた私の夢が叶って、開業栄養士としてグループを立ち上げて八年経った。
消えそうで消えない小さな波紋を立て続けてきたグループの名は「ウエーブ」。
 一つの道立高校二年生全員の家庭科を通しての食育授業を引き受けて、二年目が無事終わり、スポンサ―の依頼を企画化した会社の担当者が昼食会を開いてくれた。この仕事の中では数々の予想外の問題が起きたが、一緒に話し合い乗り越えてきた担当者の彼女とは、仲良しの家族のような気持ちになっている。
 もしも、私が七十歳まで一人で仕事を続けて来たならば、決して味わう事の出来なかったに違いない満足感と、メンバーみんなへの感謝が、私の心を満たしていた。

 最近、五木寛之著「林住期」を読んだ。
 この作家の今までに読んだエッセイなどは宗教色の濃い暗い思考が多い感じがして、楽しい事を探して生きているような私には馴染めなかった。しかし、「林住期」を読み終えた時、これはまさしく現在の私の暮らしと同じだと思った。
「紀元二世紀ごろ、古代インドで「四住期」という考え方が生まれた。人生を四つの時期に区切ってそれぞれの生き方を示唆する思想。
 「学生期(がくしょうき)」「家住期(かじゅうき)」「林住期(りんじゅうき)」「遊行期(ゆぎょうき)」。学生期を青春、家住期を朱夏、林住期を白秋、遊行期を玄冬に当てて考えてもいい」。(五木寛之「林住期」より)
 人間百年生きるとして、一つの期を二十五年ずつに区切る。林住期は五十歳から七十五歳まで。この期が人生の中で最も充実して生きられると言っている。
 今の社会で、五十歳を老人と言うのは酷かも知れないが、今まで生きてきたこと全てを下敷きにして生きる「老いてこその人生」。この考え方に私は以前から賛成だった。
 自分の今までのことを思い出しても、子供の頃はとも角、親元から離れての二十代、三十代、四十代は自分の選択で歩いてきた。沢山の失敗や思い通りにならなかった事も含めて、自分なりに家庭を築き、いつも精一杯に生きてきた。楽しい事の方が多く、悔いはない。
 短大を出てすぐに結婚した。子育ての二十年は、我家の健康管理の中でしか栄養士の知識は生かされていなかった。五十代に入って気持ちにゆとりが出来、これから何をしようかと考える前に、栄養士として再出発する機会が与えられたことは幸運だった。
 遅ればせながらのおばさん栄養士は、人付き合いの良さだけを頼りによろよろと歩き出し、はっと気付けば一念発起せざるを得ない立場に追い込まれていた。協議会のまとめ役として、なんとしても管理栄養士の肩書きを付ける必要に迫られていた。本人だけでなく周囲の誰もが、絶対に一度では無理だと思っていた国家試験に合格してしまった。
 五十七歳だった。関係者の方々のびっくり顔での「オメデトウ」を思い出す。
 物心ついた頃から、人がやっていることなら、頑張れば自分にもやれるのではないか。面白そうなことは先ずやってみる。傍から見れば無鉄砲で、怖い者知らずな強気な生き方を、私はして来たような気がする。
 しかし、「一番大切なものは何ですか」と聞かれた時、私の答えは決まっている。「それは家族です」。だから家族の中で私が否定されるようなことをしようとは思わない。七十歳を過ぎて残り時間が少ないからこそ、何を大切にし、何を省くのか考えなければいけない。
 「林住期」風にいえば、四十代までは人のために生きてきた。五十代からは自分のために生きても良い。それでお金が頂けるのなら幸いだが、お金にならなくても、贅沢な生き方ではあるが自分の生甲斐を求めて生きることだ。
 私の夢を実現してくれたグループ「ウエーブ」。その存在は私の生甲斐となっている。
 このグループの弱点は「必死さが足りない」と指摘され続けて今に至っている。言い換えれば「生活を賭けて仕事をしていない人の集まり」と見られているのだろう。
 しかし、引き受けた仕事は、本音で取り組んできた。決められた枠の中で働くのではなく、お金の多寡でないからこそ、納得する結果を求めて強気な発言をし、理不尽さを声に出し行動することが出来たと思う。
 担当者を中心に、よく検討し仕事を始める。途中で変更しなければならない事態になっても、みんなで話し合う。結果に満足出来る事が大事。評価は相手が決めてくれるものだ。
 栄養士の仕事は、最新の知識や情報が必要なことは言うまでもないが、それにも増して豊富な生活者としての経験がものを云う。
 今年から始まる特定保健指導は生活習慣の改善を持続させる動機付けが鍵だと思うが、相手の気持ちに沿った適切なアドバイスが出きるのは、「林住期」に入ったスタッフこそが相応しいのではないだろうか。一度目の仕事を終えてなお、余力のある栄養士のみなさんの奮起に期待したい。
 仲良く力を合わせて進化し続けるグループ「ウェーブ」は今年、「L・L・P」と言う新しい形に組織を変える。歳の差が親子ほどもある活力あるメンバーの中に、私も席を置いて良いそうだ。
 私の「林住期」は残り僅か。大切に過したい。

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